Murga

個人的に言いたいコト・主張・気持ち。

技術ブログを書く時は可能な限り動作環境を細かく記載する

自分もついついダラダラ書いちゃっているのだが、「この挙動は最新版になってなくなった」とか、「このバージョンからこういうやり方に変わった」みたいな破壊的な変更がフロントエンド系のツールには多いので、その記事を書いた時に上手くいっていた環境というものを可能な限り正確に残したい。

  • OS (せめて Mac or Win のメジャーバージョン)
  • npm なら Node.js と npm のバージョンと、当該パッケージのバージョン
  • Rails なら Ruby のバージョンだとか
  • それらにバージョン管理ツールを使っているならそのバージョン管理ツールのバージョンも

意外と「これより新しいバージョンにすると動かなくなる」とかその逆とかがあったりするので、バージョン情報は正確に書いておいた方が良いと思う。

こういうのをサクッと抜き出せるようにしておきたいなー。例えば npm パッケージなら

$ node -v
$ npm -v
$ npm ls --depth=0

このあたりを一発で出力してブログにそれらしく貼り付けられるとステキかなーと思う。

親が用意してくれた環境を超えた趣味を持てない

僕の趣味は、全て親が用意してくれていたものだった。

パソコン。親父が持ってて、家にパソコンがあったから始めた。

ギター。親父が趣味で、家にギターがあったから始めた。

カメラ。親父が趣味で、家にカメラがあったから始めた。


自分が出来ることも、親が用意してくれた環境によるものだ。

水泳。「泳ぎだけは人に習わないと出来ないから」という理由で親が小さい頃から水泳教室に通わせていた。

トリッキング。親父も体操をやっていたから、マットやトランポリンを用意してくれた。

映画。親が小さい頃から近所のレンタルビデオ屋で色々借りてきて見せてくれていたから好きになったのだと思う。


自転車に乗れるのも、親が自転車を与えてくれたからだろう。

スケートボードは自分で買ってみたけど、乗れるようにならず終わってしまった。

スノボは少しできるけど、自分の趣味にまで昇華していない。サッカーや野球など球技の類は親が特に奨めなかったし、自分も好きにならずに終わった。


別にそれが悪いといっているワケではないのだけど、親が与えてくれた環境や趣味以上のものを、自分で見つけることが遂になかった。

パソコンでトリッキングの動画を見てトリッキングを始めたいと思ったけど、ロボットダンスの動画を見てもロボットダンスをやりたいとは思わなかった。ウェイクボードをやりたくなってもよさそうだったのに、別にやりたくならなかった。

子供は親を超えることはないのかなーと思うなど。

社会にとって趣味とは何か:文化社会学の方法規準 (河出ブックス 103)

社会にとって趣味とは何か:文化社会学の方法規準 (河出ブックス 103)