Murga

個人的に言いたいコト・主張・気持ち。

日本のエンジニアのゴミ記事問題に対する、個人でスキルアップする方法は「アウトプット記事でお金を稼ごうとしてみること」

Qiita で「ゴミ記事問題」というのを目にした。

個人的な考えはそれぞれに同意。

  • アウトプットすることが実はインプットになっている、聞くだけの人より「まとめ記事」を書こうとする人の方が伸びる、とは僕も思う
  • 一方、自分でも何を書いているのか理解できていなさそうな、ゴミ記事が散見される気は自分もしている。海外がどうかは分からんが、Qiita を見る限りは「Bash メモ」とかいうタイトルでコマンドの羅列だけ書いてあるような、他人の役に立たなさそうな記事は見かける
  • ただ、そういうゴミ記事があっても、そういうモノは評価されないから、「Qiita デイリーストックランキング」なんかには出てこないし、良記事と比べて目につく回数は格段に少なくなる。「悪いモノは消えて良い物は残って行く」と山下達郎も言っていた。
  • アウトプットして成長するのは確かだから、良くないところは訂正やアドバイスを入れて、みんなで評価しあってみんなでスキルアップしていけたらいいよね、というのも、あるべき素敵な姿だと思う。

で、この問題に関連して僕が推奨したいのは、個人の学習成果をアウトプットすることにもインセンティブを与えたらどうだろう?ということ。

僕は、Qiita には記事を一切投稿していない。技術ネタは Corredor という僕の別ブログにしか書いていない。そしてこのブログには「Amazon アソシエイト」と「楽天アフィリエイト」、および「Google AdSense」の広告を貼っている。

Qiita のストックや「いいね」といった、SNS の評価数は、確かに良記事を見極める指標にはなるし、沢山評価されれば承認欲求も満たされるだろう。誰かの役に立てている、という気持ちが持てるのは、執筆のモチベーションを保つためにもあって良いことだ。

しかし、「気持ち」しかインセンティブがないのと、「上手くやったら収益に繋がる」という現実的な利益が見えるのとでは、やはり後者の方が、よりやる気になりやすいと思う。


収益を得られる記事を書こうと思うと、必然的に読者のことを想像するようになる。求められる記事とはどういう風に書いたら良いか。読み手にどのように思わせればアクセス数が増やせるか。商品を買ってもらいやすくするにはどう工夫できるか。

IT 技術系の分野では、みんなそれなりにリテラシーがあるから、ペライチサイトを量産したり、かさ増しした内容のない長文で SEO を誤魔化したりするような、いわゆる「アフィリエイトのテクニック」は通用しにくい。「コイツは収益を得たいだけの、内容のないサイトだ」ということはすぐに見抜かれてしまう。

だから本当に内容・コンテンツで勝負するしかなく、「とりあえずコレをコピペして対応」とか「よく分からないけどコレで解決した」とかいうような、レベルの低い文章では収益に繋がらないのだ。

そうなると、目の前の技術や問題に対して、より詳しく調査し、理解を深め、読み手のためになるような形でアウトプットするようになる。そうしないと収入に繋がらないし、そういう記事を書いていくと収益は右肩上がりで上がっていくからだ。


SNS の「いいね」の数は、画面をタップして、もしくはマウスをクリックして、わざわざ良い評価を付けてくれる、アクティブな評価だ。それは確かに価値がある。

一方、Google アドセンスの場合はクリック報酬型ではあるが、その収益はアクセス数に比例して決まる。サイトへのアクセス、つまり「いいね」をわざわざ付けはしなかった人たちの存在も、成果に組み込まれることになるので、コチラの方がより「人の目に触れた数」を意識しやすいと思う。

Amazon アソシエイトや楽天アフィリエイトに関しても、「自分の広告を踏んだ人が、期間内に別の商品を買った時」にも収益が発生するので、サイトにアクセスして広告を踏んで、素通りしていった人、という存在も、自分の成果にプラスに作用することがある。

そういう仕組みなので、アウトプットしていく時の目標が「よりアクセス数があり、できれば沢山広告を踏んでもらえるサイトにする」と明確になる。Qiita に学習メモを書き移しているだけだと、「この記事でイイネを100件取るぞ!」などとはあまり考えないかもしれないが、「この記事でこれだけのアクセス数を目指し、それによっていくらの収益増加を目指すぞ!」という目標はもう少し考えやすくなるかと思う。


「読み手」という他人の中には「その内容を忘れきってしまった未来の自分」も含まれているから、いつかきっと「自分が書いた記事を掘り返して助かった」という経験も出てくると思う。

「今の自分」しか見えていないと、未来の自分のためになる文章は書けない。だから他人の役に立つ書き方が必要になるのだが、どうやったら他人のことを考えられるかというと、自分のブログに訪れた誰かがそのコンテンツで満足し、ついでに広告まで踏んでくれちゃうくらいに満足してもらう内容を考えてみれば早いのではないか、というワケである。


アフィカスとしてゴリゴリに収益を求めるのは、IT 分野のサイトでは困難なので、せいぜい「年間のサーバ・ドメイン代をなんとかできること」ぐらいを目標に据えた方が良いかと思う。

まずはそれぐらいの収益が得られるように、求められそうな記事を書く。収益のためには記事の数も大事だが、一番はそれぞれのコンテンツの質である。

僕の場合は、1年ほど広告なしでブログを運営し、その後広告を貼って収益化を始めたが、その時目標としていた金額は数ヶ月で到達した。その後はその収益を最低でも「維持」することを目標にしていたが、今のところ毎月の収益で「前月を大きく割る」結果になったことはない。ほぼほぼ右肩上がりだ。

良いアウトプットをすると現実的な成果報酬が得られる、という状態を作ると、評価の数で承認欲求を満たすだけの状態より、色々と読者のことを気にかけられるようになると思うので、手段の一つとして考えてみると良いかもしれない。

「言い方を配慮して気持ち良い組織にしようよ」派と『言い方なんか気にせずハッキリ言うべきだよ』派の脳内議論

「あなたは普段の話し方がキツすぎる。事実をハッキリと伝え過ぎていて、聞く側が傷付きかねない。正しいことを言っているかもしれないけど、場の雰囲気も悪くなるから、もっと優しくやんわりと言うべきだよ」

『ハッキリしねえ喋り方は仕事においては害悪でしかねえだろ。正しいことは正しい、やるべきことはやるべきなんだから、ハッキリ伝えなきゃ』

「そうはいっても、チーム・グループで協力して仕事をするんだから、仲良く、波風立てないに越したことはないよね」

『仕事上の付き合いで仲良くなんかする必要ねえ。感情で仕事してるワケじゃなくて、成果が全てなんだから。傷付くかどうかは本人の捉え方次第だから配慮する必要ない、自分の感情ぐらい自分で面倒見ろや』

「でも、相手がすんなり従う気になれる言い方を選んだ方が、仕事はスムーズに進むかもしれないでしょ?あえて敵を作るような真似しなくてもいいのでは」

『言い方程度で、気分のノリで、アウトプットに差が出るっていうなら、そいつ働く資格ねえべや、足切りの判断材料にすりゃいい。感情で仕事するヤツ要らねえわ。』

「しかし現実問題、そんなホイホイ人材は入れ替えられないし、今いる人達でなんとかしないといけないとなったら、優しく説得した方が気持ちが良いと思うなぁ」

『お前はさっきからグダグダ言ってっけど、結局のところ ”お前の話し方が気に入らないから私好みに変えろ“ って言いたいんだろ?ハッキリ言えよ、ハッキリ言わねえから話が進まねえんだろ。俺は自分の気持ちも他人の気持ちも全部どうでもいいから、とにかく仕事を先に進めたいんだよ、ハッキリしないヤツは仕事を先に進める気がないように見えて嫌いなんだよ』

「いや、そりゃ、受け手の問題がないこともないし、全ての人が傷つかないような話し方も困難ではあるけど、でもわざわざ場の空気を悪くする必要ないでしょ」

『だからどう感じるかは受け手次第だろ?悪い空気は俺から発してるんじゃなくて、受け手が ”自分は傷ついた” という反応を表明してるから起こるんだろ? ”自分の溜飲が下がるように謝れ” とか ”誰か機嫌取ってくれ” って甘えてんだろ?そういう感情を仕事に持ち込む奴とは話もしたくないんだわ、ずっと空気が悪いと思ってりゃいいだろ、俺は仕事に戻る』


仕事上においては、指示は的確に出して欲しいし、現場の問題はハッキリと伝えて欲しい。そうやって情報共有しないと、お互いが何を求めていて、何が不足しているのか、正しく認識できないからだ。正しく認識できないと、次の対応・行動を定められないし、間違った認識だと余計な対策を取ってしまうかもしれない。

やんわり話す人は、人から極端には嫌われないかもしれないが、その話し方のせいで仕事がハッキリしなくなるので、小さなイライラが募る。

ハッキリ言ってくる人は、他人から好かれることはまずないが、間違いは即座に指摘されるし、直しきるまでガミガミうるさいからさっさと仕事することになるから、仕事は進む。

進んで嫌われたいとは思わないものの、好かれたいとか、「家族のようなチーム」なんてこれっぽちも作りたくないので、僕は後者の気質が強いのだが、「あえて波風立てなくても…」という気分も、分かる。認識はしている。

うまい中庸にはなれんものか。

好かれる人が絶対しないモノの言い方

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