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Murga

個人的に言いたいコト・主張・気持ち。

自分だけ教養があっても上手くいかない

バカな学校に入っちゃって、その中で自分だけ勉強しちゃうと、周りからはなぜかガリ勉とかいってバカにされるし、自分の知識が相手と共有できないから会話できなくて浮く。

無能な会社に入っちゃって、その中で自分なりに上手い仕事のやり方とか効率的な手法とか編み出しちゃうと、周りからはなぜかあんまり残業してないとかいって低評価にされるし、自分が身に付けたやり方が相手に受け入れてもらえないから仕事しづらくて浮く。


なんというか、周りの知識レベルに合わせた教養だけを身につけるようにしておかないと、その場の中では、上手くいかないのかなと思う。

自分が周りより勉強しちゃうと、もしくは「自分には周りより知識がある」と思っちゃうと、相手と上手くすり合わせができないときに、ある種、論理的に相手の批判・自分の正当化ができてしまう。「あなたの意見はココがこう間違っていてこう失敗する、私の意見ならこういう理由で成功する、だから私のやり方が正しい」という風に。

これって人の「気持ち」を踏みにじるには最適な話し方で、「仕事は気持ちじゃねえだろ」といくら言っても、相手も人間なので気持ちがあるし、自分の味方がいなくなる。

それに、自分が学習した内容や、それに基づいて芽生えた主義・主張が、必ずしも世の正解かというとそうではなくて、少なくともその「脳タリンばかりの学校・職場」においては「皆に推奨される考え方」ではないので、いくら訴えても浸透しない。

彼らも「勉強はできないよりはできた方がいい」「頭が良いにこしたことはない」とは思っているはずだが、「だからといって努めて強いることはダルい」と思って勉強をしておらず、それでいて勉強しなくても済ませてもらえるその環境に「甘えて」生きているのだ。あなたのように「甘んじて」その環境にいるワケではない。どちらかというと彼らは好き好んでバカで居続けて、小さな世界に留まっているのである。

そう思うと、自分だけ教養を身につけても、周りのレベルを上げることはできない。自分のレベルに合わせて自分が所属する環境を変えないことには、恐らく満足できない。「周りの人の生き方」は変えられないので、誰を「自分の周りの人」にするかを選び、「周りの人」そのものを入れ替えるしかない。


もう一つは、見たものや聞いたことを「自分の糧にする」という意識があると、うまくいかなくなるかもしれない。「自分にはこれが備わったのだ」と、知識や教養を装備のように考えていると、自分の武器を振りかざして、「知らないなら勉強しろ」とか言い始めちゃう。こうなるとなかなか周りと馴染むことは出来ない。

自分の糧になったと思わず、見たものや聞いたものを自分とは切り離しておけるなら、少しはマシかもしれない。

まとまらなくなってきたので今日はこの辺で……(;´Д`)