Murga

個人的に言いたいコト・主張・気持ち。

自分がムカつくネット上の話題の特徴

ストレスを操るメンタル強化術

ストレスを操るメンタル強化術

僕は神経質で HSP なところがある。

痴漢がどうしたとかセクハラがどうしたとか安倍政権がどうしたとかアメリカ韓国との関係がどうしたとか、そういうニュースをネット上で目にするだけでイライラしてしまう。俺はその痴漢セクハラ事件の関係者でもなければ、自覚している特定の政治思想も持っていない。自分には関係のない話なのに、その話題が耳に入ってくること自体が、うるさくて、イライラしてしまう。

ただ、そういうニュース全てがイライラするワケではなく、政治的な動向が一つも気にならないワケでもない。ニュースは知っておかないといけないよなーとは思うし、池上彰の番組や中田敦彦の動画を聞きかじる程度のことは行っている。そこで語られている政治的な思想はどうあれ、その人の切り口によればそういう話なのだ、というのを知るのは、楽しいし大事なことだと思う。

では、自分がイライラする多くの話題と、その中でもイライラせずに見ていられる動画や記事との違いはどこにあるのか。自分は何にイライラしているのか、それを探ってみようと思う。

感情的な話し方は一発シャットアウト

自分は何かをキャンペーンされる時に、感情的な接し方をされると一気に興味を失う。

  • 「〜〜が可哀想だと思わない?」
  • 「〜〜は酷いですよね!?」
  • 「あなたも同じことをされたらムカつきませんか?」

こういう語り口の記事は即閉じする。

確かに、自分も同じ目には遭いたくないと思ったり、ひでぇことするなぁーと同意したりする気持ちも、なくはない。が、それをどうにかしたいと思っている話者が、そんな稚拙な感想・論法で迫ってきてるところが頭に来るのだ。

反対意見を想像していない主張は聞く気にならない

「○○が××なのはおかしい」という主張を掲げた本人が、反論を想定していない文章は、考察が甘いと感じて読む気をなくす。

今あるモノを批判して別のモノを推奨するのであれば、その前に「今あるモノ」がどうして選ばれているのか、それをよくよく考えてほしい。その上で、自分が提案するモノがそれよりも勝る点、劣る点を述べてほしい。

その人の主張が以下のようにまとまっているなら、多少は読むに値すると思う。

  • 自分は、○○については「××」であるべきだと思うが、現状は「△△」になっている
  • なぜ「△△」が現状取り入れられているのか、もっともらしい理由を考えてみる ← ココが重要
  • 以上のとおり、一定の理由で「△△」に優位性があることは理解できたが、それでも「××」を取り入れるべきだ
  • なぜなら「××」は「△△」よりもココとココが勝っているからだ
  • 「××」に切り替えることで、「△△」よりも劣る点はココだが、ココについては別途「☆☆」を組み合わせれば、現状維持できる ← ココも重要

今あるモノを廃止することによる悪影響にまで意識が及んでいて、そこに対する対策まで打ち出せているととても良い。

現実的な実現可能性を考慮していない主張は寝言と同じ

例えば、

  • 「〜〜病が自己負担なのはおかしい、今すぐ無償化するべきだ」

こんな主張。

なぜ今それが自己負担なのか、という経緯や理由を全く考慮していない文章は、上述のとおり読む気に値しないが、さらにその先の主張が荒唐無稽で実現可能性が低いモノは、結局のところ自分の感情だけで、自分が困ってるから何とかしてほしいと思ってるだけだろ?と思う。

上の例だと、「無償化すべき」と言っているが、無償化するのがどれだけ不可能に近いことなのか、を考えるべきである。

  • 一般的に、その病気に疾患する可能性が極めて低く、医療整備や制度の維持費が合わなさすぎる
    • 国がやることは慈善事業ではないので、あまりにも採算が取れない施策は打てない
    • 仮にその施策を実現したとして、維持費がかさみすぎて、他の病気の人のケアが行き届かなくなったらどうする?といった想像もしてほしい
  • その病気と偽って不当に薬を処方してもらう人が後を絶たない場合とか
    • 安易にその施策を実現した場合に悪用されるリスクなどを考えているかどうか
    • 本当に欲しい人に薬が行き渡らないとか、残念な結果になるとも限らない

こうしたことを少しでも考えたか?ということ。考えてなさそうな文章は、イラッとする。

比較しても意味のないモノを比較しているのは感情論

  • 「○○病は保険適用なのに、××病は自己負担なのはおかしい」
  • 「タバコは合法なのに、ドラッグが違法なのはおかしい」

これらって、正しい比較対象なのだろうか?比較することに意味があるのだろうか?

なんとなく近いカテゴリにあるモノを列挙して、「(ドラッグを吸いたいのに) 自分が許されないのは不当だ」と言いたいだけだろ。

まったくロジカルでなく、聞くに堪えない。

比較しても意味のないモノとは比較せず、そのモノだけ論じろ。

調査不足

  • 「〜〜という生物が保護されていない!もっと保護すべきだ!」

気持ちは分からんでもないが、よく調べてみろ。

  • 既に行政や非営利団体が保護のための施策を打っている
    • そのおかげで個体数はむしろ増えている、など

主張が若干ズレていて、「既存の施策だけではこのように足りない、もっとこうするべきだ」という言い方なら分かる。でも、「何もされていない」は間違い。

もっと穏やかに言えないのか?

  • 「〜〜はおかしい!こうあるべきだ!ムキーー!」

ってツイートするんじゃなくてさ、

  • 「〜〜なのは素人目に見て違和感があるんだけど、どういう理由でそうなのだろう?○○が選ばれていない理由は何だろうか?」

と書けないもんかねぇ。

素人が感じる違和感のほとんどは、専門家が長年考えに考えて出した最善策であることが多い。そして、素人が考える対案のほとんどは、専門家が既に考え尽くして否定してきた「劣った考え」だ。素人の観測範囲で分かるレベルのことを、頭の良い人達が考えていないワケがない。そしてお前らはことごとく素人なので、大抵の場合において口を出すべきでない。

「自分はあれが間違いだと思う!!」ではなく、「自分が間違っているんだろうけど、どうにも納得いっていないから、理由を知りたい」という姿勢でないと、専門家に論破されて恥ずかしい目に遭うだろう。

悪口ほど直接伝えて現状を変えろ

日常生活で何かイラッとした、悲しかった、という話は、ネットで陰口のように書き捨てない方が良い。代わりに、本人に直接言った方が良い。

ネットで言っても、当人には届かないから、当人はいつまで経っても同じことを繰り返す。そしてネットに書いた側は「自分は何度も言ってるのに」という感覚だけが強まり、余計にイライラする。ネットに書けば書くほど、自分が歪んでいく。周りとの距離は離れ、誰からも理解されなくなっていく。

そうなるくらいなら、直接「あなたのこういう行為に迷惑してます、やめてください」と伝えた方が良いだろう。相手に理解力があれば分かって止めてもらえるし、止めてもらえない場合でも周りの理解は得られたり、法的措置など次の手に出やすい。

自分の意志で、自分の生活を変える気があるのか。あるならネットにくだらない陰口なんか書いてないで本人に言え。自分を変えるつもりがないなら、いつまでも同じことを繰り返して落ちていけばいい。あんたの書き込みを見てイラッとした人達はあなたをブロックして終わりだ。あんたなんか存在しないモノとしてこれからも生きていく。皆から無視されて終わりだ。

思考の整理のために、誰にも見られていない非公開の日記に書き殴る、といった行動をとるのは理解できるが、「私はイラッとしました!私の感情って合ってますよね!?」と周りに意見を求めるな。自分の感情ぐらい自分で整理しろ。そしてそれを雑に補強してつまらない「議論モドキ」の記事を書くのはいい加減にしろ。そんなノイズはクソの役にも立たないし全く賛同できないから一発ブロックだ。二度と視界に入れんなボケ。

自分の感情を守るために、非論理的な話題はブロック

つーワケで、自分はこのようにしょーもないネット上のノイズにイライラしてしまう神経質人間なので、そんな人間が自分を保つためには、ノイズは除去、ブロックするしかないのである。

そして、自分が何をノイズだと感じるかというと、総じてロジカルでない、感情的で分析や降雪に欠けた話題が嫌いなのだ。それは僕の根源に、「不満があるなら自分で変えようとしろ」という思いがあるからなのだろう。

これは恵まれている人間の言い分だろうか?不満を垂れるだけで本当に何も出来ない人達の方が、世間には多いのだろうか?

弱者がどれだけいるのか、彼らがどれだけ弱い存在なのか、ということにも僕は全く興味がなくて、負ける奴は負けてろと思ってるので、やはりコレ以上話題にするつもりがない。マシになってから俺の視界の前に現れてくれ。それまでは消えてろ。

DHC セントジョーンズワート 30日分

DHC セントジョーンズワート 30日分

文字列リテラルを表すのにシングルクォートとダブルクォートどっちを使うか問題、私見

プログラミングにおいて、文字列リテラルを表すときにシングルクォートを使ったり、ダブルクォートを使ったりするが、両者をどう使い分けるかについての私見をまとめる。

シングル・ダブルで機能が異なる場合 (Bash・Perl・PHP など)

Bash をはじめとするいくつかの言語では、

  • シングルクォートで囲んだ場合は変数が展開されない
  • ダブルクォートで囲んだ場合は変数が展開される

という機能差が存在する。

こうした機能差が存在する言語においては、自分は変数展開したい場合を除いてシングルクォートを使うことにしている。変数展開させたい場所だけダブルクォートを使うワケだ。

# ただの文字列で変数展開しているのでシングルクォート
$ my_variable='Hello World'

# 変数展開しているのでココだけダブルクォートを使う
$ second_variable="Welcome to ${my_variable} !!"

# curl する時とか
$ curl -X POST \
    -u "${my_username}:${my_password}" \
    -H 'Content-Type: application/json' \
    "https://example.com/${api_name}/"

こんな感じ。

一律でダブルクォートを使う人もいるが、うっかり変数展開される事故を防ぐために、自分はシングルクォートを使うようにしている。

変数展開しない文字列の中に、文字としてシングルクォートを書きたい場合は、エスケープして書く。エスケープを面倒臭がってダブルクォートを使うことはしない。

シングル・ダブルで機能が変わらない場合 (JavaScript・Python など)

JavaScript や Python では、シングルクォートを使ってもダブルクォートを使っても、変数展開などの機能差がない。こういう言語では、シングルクォートのみを使うことにしている。

以前、JavaScript についてはクォーテーション問題について記事を書いたが、この時点から比べて現在はよりシングルクォート派になっている。

neos21.hatenablog.jp

シングルクォートを文字として使用したい場合は、やはりエスケープして挿入している。エスケープを面倒臭がってダブルクォートを使うことはないのだ。

シングルクォートを優先的に使うメリット

というワケで、自分はシングルクォートを優先的に使う派閥なのだが、なぜダブルクォートをなるべく使わず、シングルクォートを優先しているかというと、大きく2つの理由がある。

1. コードの見た目がダブルクォートよりスッキリする

"A"'A' とでは、後者のシングルクォートを使った方が、「点々」が少なくて見た目がスッキリする、という、見た目の問題。

2. US キーボード使用者はシングルクォートの方がタイプが楽

僕は普段、US キーボードを使っている。US キーボードの場合、

  • シングルクォートは、ホームポジションの右手小指の一つ右隣のキー (L キーから2つ右のキー。日本語配列だと : * け の刻印のキー位置)
  • ダブルクォートは、Shift を押しながら↑のキー

と入力する。つまり、シングルクォートは Shift を押さず、ホームポジションからほとんど移動せずに入力できるのだ。入力が楽だから、シングルクォートを使う傾向にある、ということ。

日本語キーボードの場合は、

  • シングルクォートは Shift + 7 キー
  • ダブルクォートは Shift + 2 キー

と入力する。いずれも Shift キーの押下が必要なので、あまり「入力が楽」という感覚が持ちづらいかと思う。

ただ、2 キーと 7 キーの位置関係から、シングルクォートを入力する際は左 Shift、ダブルクォートを入力する際は右 Shift を押下することになるだろう。ココで、右 Shift キーを使い慣れていないユーザがダブルクォートを入力しようとすると、「左小指で左 Shift を押しつつ、左中指あたりで 2 キーを入力する」という奇妙な手の形になってしまう。そう思うと、日本語配列の場合もシングルクォートを優先的に使うようにしておくと、右 Shift キーに慣れていないユーザでもあまり入力の負担がかからずに済むかと思う。

以上

US キーボードは記号キーの配列がとても理にかなっていて、日本語配列から転向してさらに入力速度が向上した。特にシングルクォートについては「Shift キーを押さなくて良くなった」唯一の記号であり、入力負荷が下がったことから、ダブルクォートよりも多用するようになった次第。

それに、プログラミング言語によって機能差がある場合は、それを明確に使い分けることで、変数展開の有無などを明示でき、リーダブルで誤解の少ないコードになると思っている。

リーダブルコード ―より良いコードを書くためのシンプルで実践的なテクニック (Theory in practice)

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